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室内合唱団 日唱 第17回定期演奏会

森 ミドリ 個展

日 時:2017年8月7日(月)19:00開演(18:30開場)
場 所:渋谷区文化総合センター大和田 6階 伝承ホール
(渋谷駅西口より徒歩5分 : 渋谷区文化総合センター

指  揮  :山﨑 滋
ピ ア ノ :横山 歩
ヴァイオリン:佐藤 久成

森ミドリは、東京藝大で池内友次郎、矢代秋雄、佐藤眞に師事した作曲家である。幼くして音楽の才能を開花させ、藝大在学中から将来を期待された。 その才能には、当時のテレビ、ラジオからも声がかかり、即興演奏や劇音楽など様々な仕事の依頼が舞い込んだ。 慌ただしいままに、テレビやラジオなど引っ張りだことなり、落ち着いて創作に時間を書けることがなかなかできなかった。
しかし、2000年頃から、テレビの仕事をセーブして、音楽家としての仕事に重きを置いて活動するようになった。
新しく出会った楽器「チェレスタ」による即興演奏や、画家で詩人の安野光雅の絵や詩による合唱曲など、持ち前の音楽センスと即興演奏で培ったバランス感覚が絶妙に対応する音楽を次々と発表していった。
幼なじみの建築家・黒川紀章の遺作となった詩集「アドニスから手紙が来た」も特筆されよう。 ある種、超現実的であり、独自の世界観が読み取れる黒川の詩に対する森の音楽は、詩の芯の部分にあった純粋にして透徹たる黒川の眼差しを読み取って、透明な音楽で貫く。
安野光雅による古今東西の文学に精通しながらにして、子供の心を忘れない、そのポエジーも素晴らしいが、それに附された森の音楽も同じく卓越たる個性である。 メロディーの伸びやかさ、歌謡曲に通じる聴きやすさ、そしてそれだけで終わらない繊細にして精緻な和声対位法の妙技も味わって欲しい。

曲目

予定演目
■黒川紀章の詩集「アドニスから手紙が来た」(2007-2008)より
1上昇気流
2.君は愛に相遇したか
3.水平線
■安野光雅の詩による混声合唱組曲「空」(2008)より
虹が待っている
むかしの空
山羊とホセ
銀河の伝説
休憩
■新曲  ゲスト:佐藤久成
■安野光雅の詩による混声合唱組曲「津和野」(2007)
1.山の向こうは
2.忘れ旅
3.津和野の風
4.天神山の子守唄
5.つえ子の歌
6.つわのの子守唄
7.つわのいろは

特別寄稿

新曲「花無心」に寄せて

森 ミドリ

今回の演奏会が8月7日でなかったら、新曲は別の曲になっていたはず。8月7日と耳にし、咄嗟に「あ、花ね」と思ったのは、どうやら私だけだったようだ。

それから詩を探し始めたのだけれど、これがない。
いえ、たくさんあるのだけれど、ほとんどが女声合唱なら、というものばかり。甘すぎる。きれいすぎる。
美しすぎる。

男性の声を求める、いえ、必要とする花の詩が意外に少ないのには驚く。

実際、自分で書いてしまおう、と思ったくらい。
本当に新幹線の中で書き始めたことがあり、帰宅したら、悩んでいるのを察知していたらしい夫が、
「自分で書いてみたら?」
と、ひとこと。
これには驚いた。
日頃、私の仕事には理解はあるものの、決して立ち入る人ではないのに、いい詩に出逢えないことをに悶々としている妻をどこかで感じ取っていたらしい。

でも、書くのをやめた。
まだ、出逢っていない詩に失礼だと思ったからである。
もう少し、探してみよう。

今回、指揮者の山崎さんには、初対面の時こう言われた。
「森さんのこれまでの楽譜を拝見すると、だれでも歌える曲という感じの曲が多いですね。私たちは挑みたいと思っているのですが…」
実はこの言葉も、大きくひっかかっていた。
挑む曲ってなんだろう。
学生時代は、現代音楽に浸っていた。それが当たり前のように。
歌曲は演奏者泣かせの音どりの難しい曲。

それでも、作曲の池内友次郎先生は、まず言葉がわかること、正しいアクセントにできるだけ添うように、と。
これまでのどんな作曲家も、完璧にはできていない。
できるはずがない。だって、そこに音楽があるから。
時には目を瞑って、音符に譲るときも。
これは葛藤だ。
それはそれでいいと思う。

安野光雅先生がよく話されることだけど、合唱コンクールで歌われる曲の多くが、あまりにもメロディーがむずかしくできていて、それを一番歌いこなせた学校こそが金賞を取るような風潮がある。
「結局、詩がよくわからないまま終わってね。僕はあれがいやなんだよ」

今は、詩が心に染み入る、というか、きちんと伝わることが大事だと思うので、そこに重きを置き、詩を反芻していると、自然にメロディーは生まれてくる。

ただ、今回、ようやくめぐりあった坂村真民(さかむら・しんみん)さんの詩は、把握するのに時間を要した。安野先生の詩なら、ポンと戴いて、ポンと曲がついて、と言う具合に、打てば響くというような感じで曲作りができていたのというのに、今回はなかなか手がつけられないでいた。
また、夫に見破られたらしい。ひとこと、
「詩に、感動していないのではないか?」
ハッとした。
そんな感動するとかしないとかではなく、今の私には、すんなりと受け止められないでいたのだ。
シンプルでいながら、実はあまりにも奥が深すぎる感があり、そこまで到達するのに時間がかかるというか。
ちょっと仏教的要素もある様子が足踏みをさせていたけれど、もう一度、心をまっさらにして初めて出会う思いで向き合ったら、すこしはラクになって曲は出来上がった。

山﨑さんのあの言葉はいい刺激になって、「挑む」というのは別な形となった。
通常、伴奏はピアノと決まっている。
でも、今回は、この方のヴァイオリンで、と心に決めていた。
佐藤久成(ひさや)さん。
長い人生、内外問わずいろいろなヴァイオリニストに出逢ったり、演奏を聴いたり、伴奏もしてきたけれど、こんなにも心を揺さぶられた演奏家は初めてだった。

この得も言われぬ音色はどこからくるの?
どうしたら、そんなにも魂の溢れた音が生まれるの?
今なお、この「不思議」は続いている。
昨年、私のクリスマスコンサートにゲストでいらしていただいたとき、チラシに書いた言葉がある。

忘れもしないある日。
最後の一音が、スーッと一筋の涙を誘った。
初めてのことだった。見ればお隣りの方も。
これってなんだろう。
これってなにかしら?
以来、佐藤久成の追っかけとなる。

これでお分かりいただけるかと。
久成さんは寡黙ですこし口下手だけれど、演奏に対する姿勢を見ていると、奥に秘めた思いや、真摯な態度には、本当に驚くばかりだ。これまで私は何をしてきたのだろう、という気持ちにもさせる。

ヴァイオリンは、人間の声と感情を表現し得るには、最も適した楽器だとご本人は言う。
これまであまり意識しなかったことだけど、確かに、あれほど、手やのどや肩など身体に密着して演奏する楽器もない。
今回は、20人の声と、ひとつの楽器による声がどう響き合うかが、それこそ「挑む」のテーマとなった。

ある音楽関係の出版社の人に、今回はピアノではなく、ヴァイオリンです、と言ったら、電話の向こうで、「あり得ない」という雰囲気が流れているのに気づいた。
でもいい。やってみなくては分からない。
今回は、伴奏的な要素も必要となる。
つまり、合唱の方々に、出だしの音をわからしめる役目も担うので、その点、音楽の流れに、類似点が出てくるのは致し方ない。

花無心、と言う言葉はない。
無心だから花はいい、ということから生まれた言葉。
これが気に入っている。
「花無心」をお聴きいただき、自身の在りよう、生きかたに思いを馳せてくださる方がお一人でも多くいて下さったらいいな、と。
初心、無心…忘れかけていた言葉が、今回、音楽でよみがえれば、こんなに嬉しいことはない。

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